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「芸備線存続の危機!」
ネットにこのニュースが流れたのは4月。
JR西日本がローカル線の収支で、日本一の赤字路線になっていたのです。
JR西日本によれば、芸備線の中でも最も採算の合わない広島県の東城~備後落合の間では、
100円の収入を得るために2万5416円の経費がかかるということです。
見ただけで、ため息の出る数字です。
運航すればするほど赤字!
一般企業なら、絶対やらないでしょう。
それでも、声を大きくして言いたいです。
どうか芸備線を存続してください!
芸備線とは
芸備線は、岡山県新見市の備中神代から広島県北部の三次駅を経由して広島駅まで行く
路線距離159.1キロ、 44駅のJR西日本のローカル路線です。
芸備線は、1915年(大正4年)4月に私鉄の芸備鉄道として
広島市の東広島駅と三次市の志和地駅の間で開通しました。
山陽山陰を結ぶ伯備線は1919年開通なので、
芸備線のほうが先に開通しています。
山々を縫うように走る芸備線は、まさに地元の足。
生活に欠かせないものでした。
しかし、近年は山間の町にも国道や高速道路が整備され、
また、過疎化で人口も減少したことから、
山間部では、すっかり利用者が減ってしまいました。
芸備線の中でも、広島~三次の間は利用者も多く便数もたくさんあるのですが、
それ以外は便数が数えるほどしかありません。
特に備後落合から東条の間、
備後落合(びんごおちあい)、小奴可(おぬか)、内名(うちな)、
備後八幡(びんごやわた)、東条(とうじょう)
では、上下各3便しかありません。
朝1便、昼1便、夕方1便 だけ。
・・・ほかの交通機関も併用しないと、乗り損なったら家に帰れません。
だけど、それでも芸備線を頼りにしている方々がいます。
それに、100年以上も前の人たちが、知恵をしぼり、
力を尽くして開通させた芸備線を、無くすのはもったいない!!
沿線には、見どころがたくさんあります。
観光用に列車を走らせて、その利益で芸備線の赤字を埋めたりできないのかしらと
素人の私は思ってしまいます。
このブログは岡山の見どころを紹介するものなので、
岡山県がわの芸備線沿線の見どころをご紹介します。
芸備線の見どころ(新見~野馳)
芸備線は備中神代からですが、
実際には新見駅から広島方面に向けて列車が運行されています。
今でも電化されておらず、線路沿いには、電車につきものの電線はありません。
線路だけがどこまでもつづいているのです。
まずは、始発駅の新見の見どころからお話ししますね。
新見(にいみ)
新見といえば
「千屋牛」(ちやぎゅう)
と、食いしん坊の私は思います。
なんだそれ? 聞いたことない名前だなあ、と、思われるかもしれません。
生産量が少ないので、岡山県以外ではなかなか食べられない高級な牛です。
特に優れた血統の牛を蔓牛(つるうし)と呼ぶのですが、
千屋牛は、日本最古の蔓牛「竹ノ谷つる」なのです。
そのため和牛のルーツといわれています。
特徴は、ほどよい霜降りと赤身。
美味しさと柔らかさを兼ね備えた最高級の和牛、新見駅周辺で食べられます!
詳しくはこちら↓ マップと千屋牛の食べられるお店が載っています。
千屋牛が食べられるお店
土下座祭り(御神幸武器行列)
新見には土下座祭り(どげざまつり)と呼ばれるおもしろいお祭りがあります。
本当の名前は「御神幸武器行」というのですが、
みんな「土下座祭り」と呼んでいます。
毎年10月15日に開催されるこのお祭りは、
新見藩の初代藩主関長治(せき ながはる)の大名行列を再現したものです。
大名行列だけなら、もっと派手のなのを他所でやっていますが、
新見では、「みんな座って行列を迎えなければならない」という
厳しいルールがあります。
写真を撮るためであっても、このルールを守らないと叱られます。
土下座祭りといわれる所以です。
提供:岡山県
写真の右端の棒を持っている人は、郷士監察(ごうしかんさつ)という役で、
立っている人がいると「そこ!座って!」と座らせていくのが役目です。
大名行列の先頭に2人います。
行列の先頭が通り過ぎたからと言って油断はできません。
列の途中にもいて「立たないでください!」と言われます。
ここは、江戸時代の人になりきって、土下座祭りを楽しみましょう(笑)
郷士監察のすぐ後ろを行くのは、「先払い」片手に竹筒を持ち、
反対の手は袖を広げるという独特の格好をして、
「したーン、したーン」(下に下に)
と声をかけながら通ります。
続いて旗や白熊と呼ばれる毛槍が通り、具足、なぎなた、馬、鉄砲、弓矢、等
いろいろなものを持った人が続きます。
2021年はコロナ禍で中止になりましたが、今年はあるといいですね。
土下座祭は10月15日しか見られませんが、
土下座祭の通る御殿町の古い町並みはいつでも見られます。
御殿町
新見藩は元禄10年(1697年)にできた1万8千石の小さな藩です。
この時代の大名は、三万石以上でないと城を作らせてもらえませんでした。
初代藩主関長治(せきながはる)は城ではなく御殿を立てて政務を執りました。
そのため、この町が御殿町と呼ばれるようになりました。
御殿町には、江戸時代から明治、大正の美しい日本家屋がたくさん残っています。
粋な古い料亭や豪商の家、丸川松隠(新見藩校督学)のゆかりの場所など、
新見藩に思いをはせながらまち歩きを楽しめます。
御殿町まち歩き地図
アクセス:JR新見駅からタクシーで10分
中国自動車道新見ICから約7分
もし時間に余裕があるのなら、新見駅から離れていますが、満奇洞がおすすめです。
満奇洞(まきどう)
提供:岡山県
神秘的な美しさをたたえる鍾乳洞です。
洞窟内に地底湖があります。
入り口は、大人はかがんで入るほど狭いのに、
中は広々した空間が広がっていて、
ライトアップされた鍾乳石がきれいです。
映画「八つ墓村」のロケ地にもなっています。
〒719-2721 岡山県新見市豊永赤馬2276-2
電話 0867-74-3100(満奇洞)
営業時間 8:30~17:00(入洞は16:30まで)
満奇洞公式サイト
次回は布原駅をご紹介します。